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Channel: 移民 –世界級ライフスタイルのつくり方
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Brexitというパンドラの箱

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昨日の朝、「なーんだ、結局杞憂だったんじゃん」って夫と笑い合ってからいつもの騒がしくも平和な日常に戻るつもりで起きた。 ところが、Twitterフィードがおかしい、FBフィードもおかしい。

最初は何が起こっているのかわからない、現実が理解できない、呆然とひたすらニュースを読みあさる、そして24時間以上経った今はショック、そして怒り、悲しみ、まだ信じられない、そしてまた怒り・・・
これは、ほぼ全額ポンド建ての我が家の家計資産が一夜にして毀損されたとか、不況になったら自分の仕事はどうなる?、とかそういう個人的な経済上の問題ではない。 私たちの子どもたち世代の将来に、何十年にも渡って根深く悪影響を与える取り返しのつかないことをしてくれた、という怒り・悲しみである。

最初に前提を確認しておくと、私はビザ上は夫(オーストラリア人)の”UK Ancestry Visa”という「祖父母の誰かがイギリス人でコモンウェルス市民なら来ていいですよ」というビザの配偶者という形でイギリスにいるので(*1)、イギリスがEUの一員かどうかは直接的には私のビザステイタスには関係がない。 イギリスが自国内のEU住民を全員国外追放したとしても(そういうことは人道上起こりえないが)、私のビザには関係がない。 そういうテクニカルな問題とは別に、私たちがロンドンにやってきた理由(*2)は他のaspirationalなEU出身の若者とほとんど変わらない。
*1・・・参照:『大英帝国の末裔ビザ』
*2・・・私はいつも「イギリス」と「ロンドン」を使い分けている、東京が日本の全てではないのと同じ。 私たちがロンドンに来た理由はこちら

ロンドンは簡単に言うとヨーロッパの首都である(「世界の首都」とまで言う人もいる)。 そうはっきり言ってしまうと語弊があるので、みんなあまり大きな声で言わないだけ。 EUのみならず世界中から大量に人が来るのは日本の高度成長期に地方から大都市に仕事を求めて大勢の人が上京したのと本質的には変わらない(*3)。
ロンドンは多文化で、だからこそ多様性に寛容で、リベラルで市場主義でクリエイティブでオポチュニティーに溢れている。 今年の5月に世界の大都市では歴史上初めてイスラム教徒を市長に選んだ。 アメリカでは「イスラム教徒入国禁止」などと叫んでいる人が大統領候補である一方で、イスラム教徒を市長に選んだロンドンを誇りに思ったLondoner(ロンドンっ子)は多いはずである。
*3・・・参照:『グローバル上京物語』『ロンドンにとっての地方』『Frenchman in London』『ロンドン栄光の時代?』
今回の国民投票結果データはBBCのサイト(“EU Referendum”)で自治体別の結果が見られるが、私の住んでいるRichmond Upon Thamesは残留派69.3%、離脱派30.7%、以前住んでたLambethなど残留派78.6%、離脱派21.4%である。 これは外国生まれでイギリス市民権を持たない住人(800万人いるロンドン全体で200万人弱、私も含む)と選挙権があっても投票しなかった人口(若者が多い)、17歳以下の若者を含まずにこの率だから、体感的には残留派が大多数。 道理で離脱派は周りにほとんど見ないわけである。 

今回、最終的には残留派が勝つと見られていたため昨日は大混乱だった。 日本ではたいして注目されていなかった英国民投票の結果が市場で大混乱を巻き起こしたことに対し、めいろまさんの「イギリスがEU離脱した理由」がわかりやすいと大拡散されていて驚いた。 内容はいつものめいろま節だけど、「離脱に投票した一般人はポピュリストの情報操作によって、記事の内容を信じこまされている」というポイントが完全に欠けている。 この記事を読んで「そりゃあ、これだと移民は嫌だと言うイギリス人の気持ちがわかる」というコメントが溢れていて仰天した、この「説明のわかりやすさ」が元凶だと言うのに。

子どもの人数が増えたので学校に入れない子が出てきた、病院の救急病棟の待ち時間が4時間、不動産が値上がりして一般サラリーマンが普通に家が買えない、EUの押し付ける法律がバカらしい・・・これらはこの国が抱える問題としては全て事実である。 ところが、問題の元凶が移民にある、というのはこれを政治利用したい保守党一部と右派である独立党(UKIP)のレトリックである。

まず、学校が足りない問題。 これは移民による人口増もあるが、一番大きいのは2000年以降のベビーブーム(*4)。 移民の生殖年齢の女性は全人口から見ると限られている、イギリス人が産んでるからこそ子どもの数が増えたのである。 ちなみに出生率は最新のThe Economistによると長引く不況で落ち込んだそうであるが、小学校の入学問題は数年前の出生率を反映している。
次に病院の問題。 これは最大の原因は高齢化と平均寿命の伸び、また肥満化により病院にかかる人が増えたからである。 移民の平均年齢はイギリス人の平均年齢より若い。 しかも基本的に働くために来ているので、若く健康でよく働く。 移民が増えたことによる地方財政への負担増ではなく、イギリス人自身が高齢化し長生きし肥満化しているから病院が逼迫しているのである。 高齢化は先進国共通の問題だし、肥満と貧困は密接に関連している。 地方の不況により、地方の自治体にお金がない、というのもある。 これはグローバル化の進行による都市と地方の格差の問題。
そして不動産価格が高騰している問題。 特にロンドンで顕著だが、最も大きい理由は建築規制で高層ビルが建てられず、また広大なグリーンベルトと呼ばれる開発規制がかかった地区がロンドンを覆っているからである(*5)。 ちなみに上記の通り、最も不動産価格が高騰し住宅が足りないロンドンはイングランドの中で最も残留支持が多い。
*4・・・参照:『働く女が産んでいる』
*5・・・参照:『ロンドンと摩天楼』

もう英メディアでは多く報じられているが、今回、離脱票が最も多かったのは移民が最も少なかった地域であり、残留票が多かったのは移民が最も多かった地域である。
The Guardian : Fear of immigration drove the leave victory – not immigration itself

日本では、老人に離脱票が多く若者に残留票が多いというニュースも報じられているが、老人 VS 若者という単純な構造でもない。
EU Referendum demographics
上のグラフはガーディアンのこの記事からだが、老人でも大卒だと残留派が多い。 移民も来ないような地方の低学歴ワーキングクラス(労働者階層)・ミドルクラス(中間層)が、精神論でアンチエスタブリッシュメントなポピュリスト政治家の言うことを信じてしまったのである。 つまり日本で例えると地方のマイルドヤンキー(高齢マイルドヤンキー含む)が東京都民の大多数が反対するにも拘らず、右派に同調してしまいそれが「国民の声」として「民意」となってしまった、に等しい。

「学校が足りないのも病院が混んでるのも全部The Economistに書いてあるから、新聞読めよ」と言いたいところだが、まさにanti intellectualism(反知性主義)が勝ったのが今回の国民投票だった。 EUという巨大で複雑なインスティテューションを移民というわかりやすい争点一点で切り取ってしまった。

History of europe banana右は国民投票前に拡散されていたツイートだが、完全に同意する。

ヨーロッパの歴史:
戦争
戦争
戦争
戦争
戦争
戦争
戦争
バナナでもめる

正直言って、俺、バナナでもめる方でいいわ。#残留派

EUの最大の功績は数世紀に渡って戦争ばかりしていたヨーロッパ諸国がEUになってからは一度も戦争をしていないことにある。 ナショナリズムで二度の大戦の戦場となり、記憶に新しいところでもナショナリズムによりユーゴ紛争で民族浄化が起こっている。 統一市場による経済成長という最大の戦争抑止力でもってきたEU、(前述のめいろまさんの記事にも出てくる)「スーパーで売るバナナが曲がっていてはいけない」という奇妙な法律ができても「バナナくらいでガタガタ言うな」というのが普通の人の感覚だと思う。
自国(national)の利益や自由を多少犠牲にしてでも超国家(super national)の利益の観点に立ちましょう、というのが当初の精神で、EUは加盟しても脱会することはない片道切符の行政機構だったはず(そういう制度設計にももちろん問題はあるが)。

昨日だけで以下のことが起こった。
– スコットランドが再度、英国連合からの独立を問う国民投票実施を示唆
– アイルランドのシンフェイン党がアイルランドの再統一呼びかけ
– フランスの極右政党がBrexitに続くFrexit呼びかけ
– スペインがジブラルタル(英領)のイギリスとの共同領有を提案
– オランダの世論調査でオランダでも国民投票実施を支持する人が過半数を上回る
– 以下、略
パンドラの箱は開いてしまった。
友人のスコットランド人は「実家に電話したら”スコットランドはみんな独立したがっている”、と言ってた」と半泣きである。 同じ国に住んでいると思っていた家族といつの間にか別々の国に離れてしまった・・・これって東西ドイツ、南北朝鮮、ユーゴスラビアetc. 戦争の世紀だった20世紀に至るところで起こっていた風景では・・・

住人の半分が移民出身でグローバリズムの恩恵を受けているロンドン人の間でもイギリスを離脱する”Lexit”してEUに残りたい、という署名が集まっている。

私たち自身は「リベラルで差別・偏見がなく公平な民主主義社会に移ってきたつもりなのに、私たちの子ども世代に何をしてくれた?」という気持ちが強い。 が、正直言って私たちのような人は社会の空気が不穏になったらいつでも家を売って荷物まとめて出ていける、来たときと同じように。 結局、今回、離脱票を投じたような人たちが最も影響を受けるのである。 そこに今回の問題の根深さがある。

<6/29 訂正>文中の”anti intellectualism”の訳を「反知性主義」に訂正しました。



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